山の花筺「ミヤマレンゲ」

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ミヤマレンゲ
深山蓮華

（モクレン科モクレン属）

ミヤマレンゲとは、本当に思いがけない所で出会った。
まだ盛んに、北アルプス通いをしていた頃のことである。

連休は、槍から奥穂、奥穂から西穂、槍から笠…と縦走を楽しめるが、
多忙な夫の休日はだいたい一泊の登山が多く
たいていは、午前３時に車で我が家を出発、
新穂高温泉の村営駐車場に車を置いて
槍ヶ岳、奥穂高、笠ヶ岳のいずれかに登り一泊する事になる。

笠ヶ岳*　

この時は、鏡平までの道を
大好きなサンカヨウの花畑を見ながら、
弓折岳経由で笠ヶ岳まで行って
笠が岳山荘で一泊し、
夕暮れの雲海に浮かぶ
穂高連峰を見る予定で出かけた。
小池新道は、雪がかなり残っていたが
雪解けを待っていた高山植物が、
いろいろ咲き始めていた。

双六から弓折岳への途中*

大好きなキヌガサソウ、シラネアオイ、サンカヨウが
生き生きと咲くところを見る為には、こうして群生地に足を運ぶしかない。
鏡平の手前のなだらかな斜面には、期待以上のサンカヨウが咲き始めていて
やったーという至福の思いに浸れた。
大きな葉っぱの上で飛びっきり白く見える可愛い花達は
小さい妖精達の集いのようで、いつ見ても可愛らしさにほほえんでしまう。
高い所で見るサンカヨウは、陽光の入射角のせいだろうか、
丸みのある乳白色の花びらが
少しブルーを帯びて研ぎ澄まされた白に感じられるが、
ここの花は少し緑がかって、やわらかな白に見えた。
束の間の夏の日差しを浴びながら、
白い妖精達はどんな会話をかわしているのだろうか。

サンカヨウ*　

　こうして、大好きな花ばなを目の前にした時、
今、ここにこうしてこの花を見ている自分をこの上ない幸せ者だと思う。
自分が五体満足で生れたこと、
高山に登る事のできる健康でいられること、
自分が望んだことが実行できる境遇にいられること、
そして、好きな花を咲かせたもうた大自然の営みへの感謝……
…総てが幸せの上に成り立つ。

キヌガサソウ*

花を楽しむ期間は、天気の不安定な時期なので、
尾根からの展望を楽しむのは９月に入ってからと知りつつも、
もしかしたら穂高連峰を望めるかもと、欲張った考えで
弓折岳から尾根筋の道を、笠ヶ岳に向かった。
しかし、天は欲張った者には、やっぱり二物を与えてはくれない。
だんだん雲が降りてきて、一寸先も闇状態となった。
足元に見える花々もザレ場では無くなる。
黙々と笠ヶ岳山荘まで歩いた。
山荘で豆を挽いて入れてくれる
下界では味わう事の出来ないおいしいコーヒーを飲みながら、
今後のお天気の成り行きを検討したが、
明日になっても、尾根筋の雲は切れないだろうという予想になった。　
そこで急遽下山して、栃尾温泉にある、山荘と同じ経営の旅館に宿泊することにした。

帰路は笠新道をとった。
ちょうどムシトリスミレが咲いていた杓子平を堪能した後は、
直滑降かなと思う程の道を下って、下って……
…３,000ｍ登るってこんなに下るんだっけ…と思う頃、
周りの景色を変えて岩小舎沢に出た。
ここまで来ると雲が切れ視界も広がり、何となくほっとして
険しかったなと、今来た下り道を見上げたその先に
幻かと思うような白い花が見えた。

杓子平から見た抜戸岳＊　　

　えっ？　ちょっと待った、慌てるなと、
自分の感情を宥めるように言い聞かせながら近寄った。

手の届く所までは近寄れないが、
大きな岩の間から張り出した枝に
蝋白色といおうか、乳白色と言うべきか……
咲きかかった蓮を逆さにしたような見事な花が咲いている。
大柄ながら引き締まった花形の白の中に、
上品なえんじ色で、かすかに青みがかったように感じる花芯が見えた。
うわー……と言葉の表現を無くし、私の中で時間は止ってしまった。

どう見ても、こんな過酷な条件の地に咲く類の花ではない。
三十何年間の山歩きで初めてだ。
見たことがない……モクレン科だ……どうしてここにこんな花が……
という言葉ばかり頭に繰り返して後の道を歩いた。
あまりの衝撃に、写真を撮ることも忘れてしまった。
写真を撮らなかった事に気づいたのも、
この花に出会った興奮がようやく冷めてからの事である。



帰宅して、花の正体をミヤマレンゲと知るが早いかすぐに買い求めた。　西日が当たらず冬の冷風が当たらないが夏の地温も上がらない所、光線によって青みがかって見えたり蝋白色に見えたりする乳白色を身近に見られる場所を選んで植えた。　毎年、この花が咲くと、岩から張り出した枝に咲いたこの花の映像を、はっきりと思い浮かべる。通い詰めた山歩きの郷愁とともに…… 2004.6 母書く＊印写真：父撮影

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